萬里は祈祷師(by.萬道研究会)
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自由意志ついて
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    玉です。

     

    運命というものがあるかと言えば、「ある」と答えますが、それには“条件付きで”という言葉を付け加えたいです。

     

    運命とは、要するに「あなたの人生はこうなることが決まっている」ということ。

     

    しかし、「このまま行けば」という言葉を追加することによって、自由意志の存在を肯定することになります。

     

    その意味で、運命とは、個人の「傾向性」に過ぎないとも言えます。

     

    つまり、その人の傾向性を見れば、運命がかわるということです。

     

    また、中世であれば、今より更に運命は固定化され、生まれた場所や身分によって定まっていることを変えることは困難でした。

     

    努力や不測の事態によって変わることもありますが、その可能性は少なかったはずです。

    つまり、権力によって人生は左右されがちでした。

     

    しかし、自由になった現代でも、ある意味、ビックデータを所有するGAFA(Google、Apple、Facebook、Amazon)や国家によって誘導されたり、AIからレコメンドされたりして、無意識のうちに支配されています。

     

    結局は、直接的か間接的かの違いだけで、権力によって運命を左右されていることには変わりはないように見えます。

     

    ネットを開けば「あなたはこんな商品やサービスが好きでしょう?」と言われ、病院に行けば「あなたはこのまま行けば早死にしますよ」と言われる。

     

    はたまた、遺伝子コードを調べてもらえば、人生で待ち受けることの大半が「予定されている」的なことがわかるとも言われます。

     

    たとえ、「レコメンドされたもの以外の物をあえて買ってやる!」と、偶発的な行動をとったとしても、私の性格がAIによって先読みされ、その天邪鬼な行動さえも予想通りなのかもしれない。

     

    では、それを打ち破る「自由意志」や「主体性」は存在しないのか?

     

    否、存在すると言い切ります。

     

    それが「不立文字」の世界です。

     

    言葉にしない。文字にしない。行動にしない。音にしない。見せない。

     

    そこだけはビックデータには集積できない領域だからです。

     

    「文字は瓦礫である」

     

    という言葉通りの領域にこそ、自由意志があります。

     

    それは、いくらネットで検索しても出てきません。

     

    出てきたとしても、周辺を撫でるような感じで本質についてはわかってません。

     

    まぁ、この言葉もビックデータの大海の一部になりますが(笑)

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